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距離感と自意識



義務と権利の境界で嘆くよりも、美意識と良心で嘆くことの方が人は綺麗に見えると思う。

束縛で綺麗になる人間なんていない。

我が侭なだけで綺麗に見える人間はいない。


あと20センチメートル近づくか離れるかしやがれ!
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自分というロボット



動きますし、食べます。

でも、怒らないし、泣きません。

愛想は笑いはあるかもしれないけど。


内面的にも外面的にもそうは見えないかもしれない。

でも、怒らないし、泣きません。

そう思い込もうとしているだけかもしれないけど。


好きなことだけする、なんて人生の選択肢には無いですよ。

だから、感情殺したふりをして生きる訳です。

自分に嘘をついて生きる訳です。


他人と自分。

どちらに嘘をつくのが楽かな?

きっと、どっちもどっちだし、両方に嘘つくのは目に見えてる。


人の視線は僕を無闇に操縦するんだ。

可視光線にバリアをはりたい。

もう嫌だ。



そう思っても人生は続けなくてはならないのだし、思っても仕方の無いこと。

けれど、良いことがないと嫌なことばっかり考えてしまう訳で、逆に良過ぎることがあっても、その過去に縛られて余計に悲観的になってしまう訳で。


きっと見たいものは日常的な幸福。

きっと何かを継続させてしか選ぶ手段がない物。


今の自分では手に入らない物。


もう嫌だ。

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