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はるか彼方



他人に感情を押しつけることが嫌いです。

他人に感情を見せることが嫌いです。

自分が感情的になることすら嫌いです。


だから、僕に恋愛をする資格なんてないんですよ。

理性で全てが完結すれば良いのにと心から願う。


今の自分が気持ち悪くて仕方がない。
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たまたま隣にいた人


「あした遊びに行こうぜ!」

「ずいぶん急だな」

「イマ思いついたからね!」

「何するんだ?」

「お前が決めてよ」


あなたの相手をする為だけにオレは生きてる訳じゃないんだよ。

被害者のふりをする加害者



ステージが違う人間同士のコミュニケーションは平行線にしかならない。

それは、どちらかが相手のステージに立とうとしなければコミュニケーションが成立しないということである。

僕たちは、それを理解せずにコミュニケイトしようとする。

ただ、平行線になることを善しとしているかのようにコミュニケイトしている。

それは、ただ無闇に自分自身を傷つける行為に他ならないにも関わらずにである。

他人を攻撃していることに気づかずに、ただ繰り返す。


「既に完結してるよな」

「うん、続きを読みたいとさえ思えない」

過程における嘔吐


最近、どうも私の人間に対しての好き嫌いがはっきりしてきているようで、今後の自分が、自分にとって不都合な状況を作ってしまうのではないかと心配でならない。

けっして、状況において必要な相手には悟らせないようには接するのだが、相手を嫌いな人といったん認識してしまうと、コミュニケーション中に、目眩や吐き気、頭痛、眼球に痛みを感じるなどの症状がでてくるのである。

先日、こちらから事務的な用件があった為、久しぶりに親に連絡をしたところ、親のあまりの一方的なご都合主義に生理的嫌悪感を抱いてしまい、耐えきれず話の途中で電話を切り、トイレに駆けて便器に向かって私は嘔吐していた。


昔は、まだ、嫌いな相手に対して努力しようという感慨はあった。そして、その「過程」において、私は、自分の感情を相手にぶつけるという――リスクをある程度考慮した上でだが――アプローチをすることも多々あった。しかし、最近では、十二分に私のコミュニケーションに好感をもってくれる方たちが多くいる為、不必要、又は、縁の薄いと判断した相手に対して努力しようという意志を含んだコミュニケーションは断ってきた。

より生産性の高いものに時間を使う方が、自身にとっても、他者にとっても、有意義だと判断した為である。


その「過程」において、私は、きっと相手に対して諦めるという感情を抱かないように努めてきた。
しかし、現在の私は、その諦めるという感情に対してリミッターを一切付けていない。

そして、つけていないからこそ、相手に対しての嫌悪感をフィルター無しに感じているのだろうと把握するのである。


いったい、私は、いつになったら鈍感になることができるのだろうか。



「お前は他人を見下せる程に偉いのか?」

「見下しているつもりはないよ。ただ差別してるだけだ」

「その差別とやらをして何が楽しいんだ?」

「時間を上手く使えるんだよ」

「上手く使えてお前に何の得がある?」

「得なんてある訳がないじゃないか。上手くできることが楽しいだけだよ」

「相も変わらず自虐的だな」

「自虐は全てを許す為の過程だよ」

脱出できない。



「お前って痛い奴だよな」

「うん」

「恥ずかしくねえの?」

「すげえ恥ずかしい」

「じゃあ、もっと違うやり方でアプローチすればいいのじゃねえの?」

「それが上手くできないから困ってる」

「じゃあ諦めるしかねえな」

「いや、それは…」

「うぜえ」

「オレも自分がうぜえ」


自覚と言い訳以外にできることがなくて困る。

自己満足の何が悪い



私にとって、このブログは自己満足以外の何物でもない。

ただ、書きたいことや言いたいことを記事にしているにすぎない。

人とコミュニケーションをとる為に書いているのではないのだ。

だから、コメント欄やメールフォームなどを排除している。


自分自身と向かい合って、自分の想いを言葉にして、言葉を一つの音にして、一個の音楽作品を創るようにように、身を削るようにタイプを繰り返すのだ。

自分という一個の小宇宙の表現方法がこのブログなのだ。

他人の意見などいらない。

これは私の世界だ。

醜い私の世界そのものだ。


しかし、それでも、この文章を肯定的に捉えてくれる人たちがいる。

私という世界と繋がろうと思ってくれる人がいる。


これは私自身だ。

だからこそ、この醜い姿の私を受け入れてくれる人たちに――私と繋がろうと思ってくれる人たちの想いに、私は応えなくてはならないのだ。


「自分自身であろう」と。


私は私でしかない。

アイドルでもなければ、特定の者の信者でもない。

そして、信者になろうとも思わないし、信者が欲しい訳でもないのだ。


「では、お前は何が欲しいんだ?」

「友達」

「友達?そんなもの、お前には幾らでもいるだろう。そして、これから幾らでも作れるじゃないか」

「違う、不確かな友達なんていらない。確かな友達が欲しいんだ」

「確かな友達?現実を見ろよ。そんなものは存在しない。刹那の関係性があるのみだ」

「互いが、愛を持ち、自己表現を実践し続けることができるのなら不可能じゃない」

「どうせ、お前の片思いで終わるんだ」

「自己満足の何が悪い」

いつまで続くのか




恋人がいたらという妄想以上に無意味で切ないことはない。

なのに、その妄想を止められないという現象をなんと呼べばいいのだろう。


「なに?彼女ほしいの?」

「いや、いらない」

「じゃあ、妄想なんてするなよ」

「妄想以外で報われることなんてないじゃないか」

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誰かの為に頑張りたいよね。

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側にいてくれる人。
側にいてほしい人。

その差異が生むものこそが寂しさだ。

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メロスには走ること以外に許される道はなかった。

少し羨ましい。

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綺麗なものを守る為に僕は壊すんだ。
壊すんだ。
壊すんだ。


そしたら、自分も壊しちゃってた。

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何処にも行けないよ、何処にも行けないよ。

だから遠くに行かせてくれ。

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良い顔ができるのは良い仲間が側にいてくれるからだ。
生々しく糞ったれな世界を私は愛してやまない。

刹那が私に語りかけてくる。

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愛すること以外には私たちに道はない。
あったとしても、それは深く深く真っ暗な虚無である。

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