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理解できないということ



労働の場での自分も
学業の場での自分も
プライベートでの自分も

全部が違う。


集団の中での自分も
個人と接している自分も
1人でいる自分も

全部が違う。


健康な自分も
不健康な自分も
元気な自分も
鬱屈している自分も

全部が違う。

そして、その時々で接している相手によっても違う訳である。


1個の人間を理解するには、一体どれ程の情報量が必要なのだろうか。

それでも、自分が幸せになる為には自分を理解するということが一番の近道ではないか、と考える私は、情報を収集し続けなくてはならないのである。


きっと、コミュニケーションの第一歩は「理解できない」という前提を持って初めて挑戦するものなのだと思う。

そうして、私はまた、自分との対話を繰り返すのである。
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