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醜い自分の存在そのものが罰である



過去に、あまりにも情けない叫び声をあげていた、そいう記憶がある。

言葉にしたくないほどに泣き叫んでいる醜い形相。

プライドなんて初めからなかったかのような金切り声。


「もうやめて」

「助けて」


そんなことをずっと叫んでいた。


もちろん、その行為を止めてもらうこともできなかったし、誰も助けてはくれなかった。


だから、そんな醜い自分も、それを誘発させる行為も、ただ享受していくしかなかった。


そんなことを、ふとした瞬間に思い出す。

その度に、今の自分でも同じように泣き叫ぶことが起こるんじゃないのか、そう思えてならない。

1度あったことは2度ある。

そして、3度、4度と続いて行く。


できることと言えば、そうならないように怯えながら生活することだけだ。


何で自分は、こんなことを覚えているのだろう。

忘れてしまえば楽なはずなのに。


そんな風に考えたりもする。

でも、それはきっと、忘れていないということに意味があるからなのだろうと思う。


冷たい傷ばかりが僕を育てる。

それでも、いいよね。


ああ、誰かを助けたい。

きっと、それだけが僕の助かる方法だから。
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