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永遠性との乖離



僕らは失いながら生きている。

失うことこそが人生と言ってもいいのかもしれない。


だけど、本当に手放したくない「もの」があるなら――それを手放さないようにするにはどうすればいいのだろう。


きっと、その「もの」を理解するということ以外に解はない。


その「もの」が何を求め、何を欲しているのか。
それを見つける他にないだろう。

そして、それを与え続けるだけである。


場合によっては、自分の感情すら押し殺し、自己否定を繰り返すことも多々あるだろう。

その「もの」の変化に合わせるだけの柔軟性と耐久性、そして忍耐も要求されることだろう。

けれど、本当に大切だと思うのなら、きっと、そんなことの全てが簡単なことだと思う。


だって、既に手にしているのなら、いくらでも努力できるじゃないか。


僕は、そんな「もの」を手にしたことはない。

けっして、僕の手の中にはないんだ。

あったという過去すらないんだ。


だから、僕は諦め、ただ失って行く。


僕は何も怖くない。
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