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底辺というのは、ある意味で自由であるとも考えられる。



きっと、これからのオレも今まで通り、運命や他人に振り回されるだけの人生なのだろうけれども、生きていれば良いかと考えれば、大して苦しいことなんてないのではないかと思えてくる。

しかし、自分の努力ができない奴がどうやって他人と笑い合えるのかが、どうも不鮮明である。

私には具体的な物がなにもない。
私には背骨となる物がなにもない。


「努力するしかねえよな」

「何を?」

「何かやりたいことないのか?」

「うーん、お金が欲しい」

「なら働けよ」
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